法廷通訳人の“なり手不足”──外国人労働受け入れと司法実務のズレ

Yahoo!ニュース等でも報じられたように、裁判で外国語を通訳する「法廷通訳人(司法通訳)」の候補者が減少し、現場の不足が深刻化しています。全国の通訳人候補者数はここ15年間でおよそ2割減ったと報じられ、いっぽうで通訳が必要な外国人被告は増える傾向にあります。


なぜ「足りない」のか — 現場が抱える3つの構造的問題

1.報酬・労働時間のミスマッチ

 裁判の本番では1回の公判につき通訳料が「約1万5,000円」といった相場報酬が伝えられますが、起訴状や証拠の読み込み、事前準備に数時間〜数十時間かかることが多く、その準備時間に対する報酬が十分でないこと、さらに待機時間や精神的負担を考えると割に合わないと感じる人が多い、という現場の声があります。

2.精神的・責任負担の重さ

 誤訳は重大な結果(誤解や冤罪の原因)につながり得るため、通訳人は高い専門性と倫理が求められます。孤立した個人ベースで請け負うケースが多く、研修やピアサポート、品質保証の仕組みが十分整っていないため、若い人が参入しにくい側面があります。

3.地域差と言語多様性の拡大

 最高裁のデータや現場報道では、公判で使われた言語は多岐にわたり(数十言語に上る報告もあります)。地方では母集団自体が少ないため、特定言語の通訳がそもそも手配できないケースが生じています。


「外国人被告が増えている」——数字の読み方

単純に“外国人による犯罪が急増している”と結論づけるのは早計です。法務省の報告では、通常第一審での外国人被告(有罪人員)は直近年で増加する年もあります(例:令和5年で4,481人、前年比約10%増、全有罪人員に占める割合は約10%)。一方で、長期的にみると外国人関係の犯罪件数や構成は複雑で、在留外国人数の増加や受け入れ形態(技能実習・特定技能・留学など)の変化が背景にあります。

また、外国人と日本人の犯罪の“性質”に大きな違いはないが、共犯(組織関与)や特定の類型に偏りが見られる点など、分析は単純ではないという研究的指摘もあります。犯罪統計を見る際は「母数(在留者数)」や「罪種別の内訳」を同時に見る必要があります。


経済界はどう見ているか — 受け入れの現実と責務

少子高齢化で労働力が不足する日本において、多くの産業が外国人労働力に依存しています。経済団体(経団連)などは、受け入れ拡大と同時に「共生社会」「在留管理や雇用管理の支援」「企業の人権デューデリジェンス」などを重視する方向で政策提言や議論を進めています。つまり、労働力確保の必要性は明確ですが、それに伴う“行政サービスや地域インフラ(通訳・医療・教育・司法アクセス)”の整備が追いついていない、という構図です。

経済的利益(労働力の確保)は大きい一方で、その利益を維持するには、受け入れ側(政府・自治体・企業)に相応の負担と責任が生じます。司法の現場で言えば、被告や証人が自国語で正当に裁判を受けるための「通訳・翻訳品質の担保」は社会的コストであり、無視できません。


技術は助けになるか? だが万能ではない

AI翻訳・リモート通訳の精度は向上していますが、法廷で求められる「法制度の違い・語義の厳密な解釈・文化的な含み」を機械だけで担保するのは現時点でリスクが残ります。研究ではLLM(大規模言語モデル)の導入可能性を検証する動きもありますが、法的等価性や倫理、責任の所在を慎重に設計する必要があると指摘されています。技術は補助的ツールにはなり得ますが、人間の専門通訳を完全に置き換える段階にはまだない、というのが現状です。


まとめと提言(短期〜中期でできること)

1.報酬・制度の見直し

 通訳の準備時間や待機時間を考慮した適正な報酬体系(最低ラインの明確化)と、裁判所による安定した手当支出を検討すべきです。

2.資格/研修と品質管理の整備

 海外の認証制度を参考に、司法通訳の認定・継続教育制度を導入し、品質と倫理を担保する体制を作る。

3.地域ハブ/リモート活用

 地方の需要に対しては「地域通訳ハブ」とリモート同時通訳を組み合わせ、言語カバーを拡大する(ただし法的監査は必須)。

4.企業と自治体の連携強化

 経済界は受け入れの責務(教育・生活支援・コンプライアンス)をより明確にし、通訳等の社会インフラ整備に協力する仕組みをつくること。

5.データに基づく冷静な議論を

 犯罪報道だけで「外国人=治安悪化」と短絡せず、在留者数に対する比率や罪種別を踏まえた事実に基づく対策を行うことが不可欠です。


──結局のところ、外国人労働力の受け入れは“利益”だけでなく“公共インフラ(教育・医療・司法)の拡充”という対価を伴います。法廷通訳人の不足はその対価をまだ社会が十分に支払っていないことを示すシグナルです。経済界・行政・司法・地域社会が協調して仕組みを整えなければ、受け入れの利益は長続きしません。

喜多行政書士事務所

香川県の西の端 観音寺市の行政書士事務所です 許認可申請 書類作成 各種手続などの基本業務のほか FPとして資産設計提案業務もしております 困った顔が笑顔になり大きな喜びとなるようにをモットーに 小さい事務所ではありますが日々研鑽しながら頑張ってます どうぞお気軽にご問い合わせください

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